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お疲れ様です、てぃーるーむです。

え?更新さぼってるからおまえもう死んだと思ってたって?

いや、こう見えて生きてたんだ、これが(


だが。しかしですよ。
はやてさんの誕生日SSを夜勤明けに途中保存もしないで書いてたらブラウザがエラーしてぶっ飛んでやんのwwwwwワロタwwwww
ワロタ・・・

はやてさんほんとごめんなさい。申し訳なさで胸が張り裂けそうだよ。
・・・ってのはちょっと言いすぎですけどww

って、わけで。もう七月に入っちゃいますけど、はやてさんの誕生日SSはもうちょっと先になりそうです。


とりあえず、その場しのぎにSS置いてきます。


内容としては、フェイトさんが絵を描いてるSSです(

まぁ、そのまんまですねwww


それでは、参ります

『この絵その絵あの絵』





なんでもないようなありがちな日常というのは、他人から見ると非日常に映りがちなものだ。

日常生活を謳う巷で話題の漫画、アニメ、映画。

その手の作品で描かれている、例えば高校生男女の溶けてしまうような恋愛などを見ていると、『出来すぎ』という感想はどうしても出てくる。

もっとも、そんなことは考えずに、単に恋愛作品として見れば決して違和感を覚えるものではないのだが。


それはさておき。

フェイトちゃんが、そんな日常を普通以上に大切にしているということを知る人は実はあまりいない。

いや、もちろん私だって日常は大切にしているけれども、大切にしているということのニュアンスが微妙に違う。

大抵の人が想像するのは『もう取り戻せないから今を大切にする』という考え方。私もこれ。

けれど彼女は『今とは掛替えのないものだから大切にする』というように思っているような気がする。

同じようで違う。
私は、今と過去とを並べているが、フェイトちゃんは今と未来とを並べている。

とはいえ、それが彼女が今を大切にしている直接的な理由なのか、と言われると、恐らく違うのではないかと思う。
そこの辺りのことは本人にしかわからないことだし、尋ねるのも野暮な気がして真相は薮入り。


六課時代、正確な時分は忘れてしまったが、日常を大切にしていることを感じるエピソードとして、フェイトちゃんが絵を描いていたことがある。

隊舎の屋上にスケッチブックと、本当の絵描きさんが使うような鉛筆を持ち込んで、一心不乱といった様子で何かを描き続けていた。

その日はフェイトちゃんはオフシフトで、私が午前中の訓練を終えて何の気なしに屋上に出ると、彼女が絵を描いていた。



「フェイトちゃん、何やってるの?」

正直に言って彼女が絵を描いていたことには気がついているのだけれど。
彼女が私に気がつかないからそう声をかける。

「えっ? あ、なのはっ?」

そんな露骨にスケッチブックを隠さなくても・・・。

まぁ、見せたくないのなら無理強いするのもちょっと悪いかなという気も。
でも何書いてたのかみたいな。なんていう気も。

いや、私だってフェイトちゃんのプライバシーは尊重するよ、うん。

人に見せたくないものの一つや二つあるのは当たり前だと思うよ。

・・・なんだけど、やっぱり、ちょっと。えーっと。好奇心?


「フェイトちゃん、何やってたの?」

もちろん、二度尋ねるというのは暗に『教えてほしいなー』という意思表示。

それがわからないフェイトちゃんではない。

数瞬、えーっとあーっとと迷うようなそぶりを見せたあと、おずおずといった様子で口を開く。

「絵を、描いてたんだ」

「昔からフェイトちゃん絵は上手だったもんね」

そう、フェイトちゃんは昔から絵が上手い。
いわゆる絵心というやつがあるのだろう。

私は人並みで、確かはやてちゃんはあんまり上手じゃなかったな。

絵というのは、単純なようで奥深いものだ。

今を切り取ってカンバスやスケッチブックに写せば良いというものでもない。
ただ切り取るだけなら写真でも良い。

では、写真になくて、絵にあるものとはなんだろう。

それは、描き手個々人による表現力の差だ。

写真は同じ位置にカメラがあれば、プロがシャッターを切ろうが、私がシャッターを切ろうが、同じものが取れる。
もちろん、その「位置」を決めるのはなかなか素人には難しいことなのだろうとは思うのだけれど。

一方で、絵というのは、同じ位置から二人の人間が絵を描いたとしても、全く同じ絵になるということはありえないだろう。

木々や空の微妙な色合い、構図にしめる人物、建物、自然の比率。どこまで細部を描くのか。
そういった要素も相まって、絵というのは写真にないものを持っているといっても良いと思う。


それで、見せてくれないの?とちょっと悪戯っぽく笑いかけると、「ええっ、恥ずかしいよ」と笑いつつも、スケッチブックを私に手渡す。

ぺらっと表紙をめくると、最初のページに書いてあるのは、今、この屋上から見える風景だった。
もちろん、今日書いたものではないと思うが。
フェイトちゃんが書く絵には、人や文字がない。
もちろん、人を対象として絵を描くときは別だけれど。

彼女が言うには、人や文字が書いてあると、絵を見る人はそれに目が行きやすいから、とのこと。

それを聞いて、朧気ながらにそんなものか、と理解できた。

「やっぱりフェイトちゃんは絵が上手だね」
ぺらぺらとスケッチブックをめくりながら言う。

「そ、そうかな?」

「そうだよ。私が言うんだから間違いないよ」
なんていう風に私が言うと、フェイトちゃんが嬉しそうに笑う。

なんてかわいいんだと思わず抱きしめそうになるが、誰かに見られるとまずいので一応は自重する。
私にだって理性はありますとも。


・・・。
なんとなーく、こんなことを期待していた自分にも問題があるような気はしないでもないんだけれど。

・・・、私の絵はないの?

いや、そりゃね。フェイトちゃんが何を描こうと勝手だけれど。やっぱり、ちょっとは期待しちゃうじゃないですか。
人間だもの。


「ねぇねぇフェイトちゃん。私を描いた絵はないの?」

それを聞いたフェイトちゃんは、いやっ、あのっ、そのっとしどろもどろ。
手をわたわたと振りながら何か言わんとする彼女があまりに面白くて、笑い声が漏れそうになるが、ここで笑ったら絶対に私を描いた絵があっても見せてもらえなくなるのでなんとか押し殺す。


「なのはを描いた絵もあるよ。あるんだけど・・・」

あの、そのね?
と、続けるフェイトちゃんが言うには、現実とはちょっと違うことが描かれているとか、いないとか。
現実とはちょっと違うということは、恐らくあれなんだろう。
例えばバリアジャケットじゃなくて私服で空飛んでるとか。
晴れの日に描いたんだけど、雨も描いてみました。とか。
そういうことを言っているんじゃないだろうか。

フェイトちゃんが取り出したのは、もう一冊のスケッチブック。

どうやら、そっちに私の絵があるようだった。

けれど、それを私に渡すのはためらわれるようで、ちょいちょいと手招きされる。

彼女がめくりはじめたそのページに、一体なにが、どんな私が描かれていたのか。




・・・まぁ、それはここには記さず、私とフェイトちゃんだけの秘密ということにしておこうと思う。



ぱたん。
ここまで記して、日記帳を閉じる。

日常の大切の仕方は、人による。

ある人は、日記を書くし、ある人は絵を描くだろう。またある人は、行動は起こさないが、決して忘れないように日々をかみ締めるようにして生きるだろう。

リビングの方から、ご飯が出来たと私を呼ぶフェイトちゃんの声に呼応するようにして、私は日記帳を引き出しにしまう。

部屋の電気を消して、自室のドアを閉める。


明日も何か面白ことがあるといいなと思う。
日記帳に書き込むペンが止まらないような出来事があればいいなと思う。



こうして今日も、ありふれた夜が過ぎてゆく。


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2012.06.29 / Top↑
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